女の子は、弱くて脆くて強くてかわいい 『王妃の帰還』

 女の子たちの物語が好きだ。

 揺れ動く心を自分では制御しきれない思春期の、どうしようもない衝動。ある人はその衝動をかわいくなることにぶつける。ある人は恋にぶつける。ある人は友情にぶつける。ある人は好きなマンガやアニメについて考えることにぶつける。ある人はアイドルを追いかけることにぶつける。エネルギッシュで手がつけられない彼女たちの物語が好きだ。きっと、かつての私もそういう衝動を抱えていたから。
 中学生だったり高校生だったり、ときには大学生、あるいは社会人のこともある。年齢は関係なしに、そういう衝動をかかえた女性のことを「女の子」と呼びたい。
 桜庭一樹さんの『青年のための読書クラブ』『赤×ピンク』、湊かなえさんの『少女』、辻村深月さんの『盲目的な恋と友情』などが私の思う「女の子」を描いた作品だ。そしてそこに柚木麻子さんの作品も加わった。今回読んだのは『王妃の帰還』。

 

王妃の帰還 (実業之日本社文庫)

王妃の帰還 (実業之日本社文庫)

 

 

 

 お嬢様ばかりが通う私立中学で起きた、クラスの中心にいる子=王妃の権威失墜事件。一番地味なグループが王妃・滝沢さんを受け入れることになったが、という話。主人公・範子たちの地味グループは、面倒な滝沢さんをグループから平和的に出て行ってもらうために、元の座に戻れるように策を巡らせる。
 物語のなかでは、とあるグループにいた子が別のグループに移ったりと、友達になったり決別したりを繰り返す。クラスの勢力図はまたたく間に変わっていく。自分たちの作り出したクラスの渦に、自分たちで翻弄されながら、彼女たちは成長していく。
 成長した彼女たちは、強い。彼女たちを取り巻いていたさまざまな呪いから解き放たれたラストシーンはすごく美しくて、読み終わったときにすっとした気持ちになる。

 決定的に悪い人は、彼女たちの中にはいない。悪い面も良い面もある。ちょっとした気持ちが暴走して、衝動を抑えきれなくて、自分でも歯止めがきかなくなる。でもそれを止めてくれる誰かが出てくる。しかしその子もまた、歯止めがきかない衝動に駆られている。そんな女の子たちを、とても愛おしく思う。かつての私の姿をそこに見るからかもしれない。
 私はグループから外れたところにいる中学生だったし、高校生になってからはグループ(といってもゆるいつながり)同士が互いを尊重しあう関係ができあがっていたので『王妃の帰還』に描かれる世界を具体的には理解できない。けれど、彼女たちが抱えていた思いならなんとなくわかる。私にも覚えのある気持ちが、あちこちに描かれていた。
 たとえば、地味な範子が心のなかで「王妃」と呼ぶ滝沢さんに抱く憧れ。高校生のとき、ほとんど言葉を交わしたこともないおしゃれな女の子が褒めてくれたスニーカーが私の自慢だった。ただでさえかわいいスニーカーだったけれど、彼女が「かわいいね」と言ってくれたことで更にかわいく見えた。
 たとえば、ゴス軍団の黒崎さんたちがヴィジュアル系バンドのメンバーに向ける「好き」という気持ち。バンドが好きで、少ないお小遣いでCDや雑誌を買っていた日々のことを思い出す。中学生のときは語り合える友達はいなかったけれど、どうしようもなくきらきらした気持ちを抱いていた。
 たとえば、つげ義春の漫画をマネして笑い転げる地味グループの子たちの高揚。滝沢さんには何が面白いのか全然わからなくても、範子たちの中だけで通じる面白いことがある。高校の頃はくだらない遊びをたくさんした。今考えたら何が面白かったのかわからないけれど、それでも面白かった。
 そんな、覚えのある気持ちが、たくさん散りばめられていた。かつて「女の子」だった人に、あるいは「女の子」を脱しきれない女の子に、是非とも読んでほしい。


 『終点のあの子』『本屋さんのダイアナ』なども「女の子」を描いた話だときいたので読んでみようと思う。

夢を追う人たちはこんなにも眩しい 『ハケンアニメ!』

 

 辻村深月さんの作品が、すごく好きだ。
 思春期のこどもたちの揺れ動く心を描くのも、大人になりきれない大人を描くのも、どっちも。特に好きなのは『スロウハイツの神様』。何者かになろうとして頑張っているクリエイターの卵たちの、あるいは既にクリエイターになった者たちの物語。大好きだから何度も読み返している。読み返すたびに心があたたかくなり、同時にぼろぼろにもなる。
 もうこんな気持ちになるのは嫌だ、疲れてしまう――そう思ってずっと読まずにいたのが、『ハケンアニメ!』だった。

 

ハケンアニメ! (マガジンハウス文庫)

ハケンアニメ! (マガジンハウス文庫)

 

 

 夢を追ったり、夢のさなかにいる人たちの物語は、とても眩しい。苦労して、泣いたり怒ったりして、でも最後には笑えるように、やりたいことをやろうとしている人たちの物語は眩しい。その眩しさは、魅力とイコールで結ばれている。と同時に、残酷さともイコールで結ばれている。そんなふうに思うのは、私が夢を追わずに生きている人間だからだ。
 文章を書くことで食っていける人間になりたかった。だけど私はそれを仕事にしなかった。否、できなかった。狭き門だとわかっていて、それをくぐれる自信がなくて、何が何でもくぐると強く思えるほどの覚悟もなかった。私は自分の意思で、夢を諦めた。
 だから、夢を追う人たちを見ていると苦しくなる。自分がそこへ辿り着けなかったことの悔しさと不甲斐なさでいっぱいになる。辻村さんの描き出す登場人物たちはとても活き活きしていて、つらいことがあっても楽しそうで、それはまさしく私がなりたかった姿だ。もうこれ以上読みたくないと思う一方で、魅力的なキャラクターたちをもっと見ていたくて、どんどん読み進めてしまう。

 『ハケンアニメ!』は、アニメ業界を舞台にした物語だ。章ごとにスポットを当てる人物が異なり、様々な視点から業界で働く人々を描いている。第一章ではプロデューサー、第二章では監督、第三章ではアニメーター。
 単純に「お仕事小説」として読むこともできるし、そう読む人もいるのだろうけれど、私には夢を追う人たちの眩しさでいっぱいの物語にしか見えない。なので、その視点からの感想ばかり出てきてしまう。
 一番好きなキャラクターは、作中で伝説のアニメと呼ばれる『光のヨスガ』の監督・王子千晴だ。彼は、アニメ作品の監督でありながら「アニメは見た人のもの」と言う。作品を享受する側の私は、その言葉に救われる。作品を見て、もしかしてこの場面にはこんな意味がとか、このキャラクターの過去はこんなふうだったんじゃないかとか、明言されないところを考える自由を、王子千晴は視聴者に与える。きっと頭の中で物語をこねくり回している視聴者のなかから、また新しいクリエイターが生まれてくるのだろう。かつて王子千晴がそうだったように。

 この作品に出てくる人物はみんな、「ちゃんと」自分勝手だ。自分の行動を誰かのせいにしない。他者の言うことを聞かないときもあるけれど、そのときは自分の行動に自分で責任をもつ。その姿がとてもかっこいい。やりたいことだけやって上手くいかなければ誰かに責任を押し付けるような中途半端な自分勝手ではなく、ちゃんと自分勝手だ。登場人物たちが魅力的で活き活きしているのは、そういうところがあるからだろう。
 また、『スロウハイツの神様』に登場する小説家、チヨダ・コーキもこの作品にちょっと出てくる。相変わらずのコウちゃんの姿に「久しぶり」と言いたくなった。

 タイトルにある「ハケン」とは「覇権」、「覇権アニメ」とはそのシーズンの「一番」と呼ぶべきアニメのことで、作中ではふたつのアニメが覇権を争う。最終的にどちらに軍配があがるのかも是非見届けてほしい。

 夢を追う人たちの物語を読んでその眩しさが刺さり続ける自分のことは、嫌だし、嫌いだ。でも、刺さらなくなってしまった自分のことは、好きとか嫌いでもなくどうでもよくなってしまうかもしれない。私はまだ、私のことがどうでもよくない。だからこうして、食っていけないくせに文章を書きたくなってしまうんだろう。

戦うきみと、向き合うあなたに 『青の数学』

 

 その月に読んだ一冊をピックアップして長めの感想を書けたらいいなと思って、手始めに2月に読んだ本の中で一番気持ちが盛り上がった本について書きます。


『青の数学』王城夕紀

青の数学 (新潮文庫nex)

青の数学 (新潮文庫nex)

 

あらすじ(Amazonから引用)

 雪の日に出会った女子高生は、数学オリンピックを制した天才だった。その少女、京香凛の問いに、栢山は困惑する。「数学って、何?」―。若き数学者が集うネット上の決闘空間「E2」。全国トップ偕成高校の数学研究会「オイラー倶楽部」。ライバルと出会い、競う中で、栢山は香凛に対する答えを探す。ひたむきな想いを、身体に燻る熱を、数学へとぶつける少年少女たちを描く青春小説。

 

『青の数学2 ユークリッドエクスプローラー』王城夕紀

青の数学2: ユークリッド・エクスプローラー (新潮文庫nex)

青の数学2: ユークリッド・エクスプローラー (新潮文庫nex)

 

あらすじ(Amazonから引用)

 数学オリンピック出場者との夏合宿を終えた栢山は、自分を見失い始めていた。そんな彼の前に現れた偕成高校オイラー倶楽部・最後の1人、二宮。京香凛の数列がわかったと語る青年は、波乱を呼び寄せる。さらに、ネット上の数学決闘空間「E2」では多くの参加者が集う“アリーナ”の開催が迫っていた。ライバル達を前に栢山は…。数学に全てを賭ける少年少女を描く青春小説、第2弾。


 一冊をピックアップって言ったのに早速二冊になってしまったが、いわば上下巻のような関係で二冊読むことで話がすっきりするところまでいくので是非合わせて読んでほしい。

 

 

 高校の頃、私立文系を進路として選んで時点で数学とは縁が切れた。科目としては数ⅠAで終わっている(その他理系科目も理科総合しかやっていない)。小学生のときに初めて50点を取ったのが数学だった。テストで点を取るのが得意な私の(決して頭がいいわけではない)、人生で一番低い点数だったのでよく覚えている。「平均」の問題で、出だしを間違ったらその先ずっと間違うしかないような問題で、私は出だしを間違えてしまったのだった。今思い出してもお腹が痛くなる。
 つまり、数学は、苦手だ。単純な計算も苦手だし、文章題も問題を読みすぎて言葉の意味を考えて止まってしまう。圧倒的に向いていない。そんな私が『青の数学』を手に取ったのは、単純に友人が薦めてくれたからだ。ただ「おすすめの本」を訊いたではなく「私におすすめしたい本を教えて」といって教えてもらった本なので、私のめんどくさいところを知っている友人が薦めた本ならきっと面白いだろうと思っていた。数学かよ、とはちょっと思ったけど。
 実際、数学はわからなくても読める。知識として「リーマン予想」だとか「ユークリッド幾何学」といったものを聞いたことがあったので(たぶん前にWikipediaを読みまくっていたときに読んだ)、何も知識がないよりは読みやすかったかもしれない。Wikipedia読んでわかるのかって言われたらわからないけれど、「そういうものがある」ということはわかる。なので、数学全然わからないし、という人でも安心してお読みいただけます。以下、数学全然わからないし、という私の感想です。


 「E2(正しくは二乗)」という数学のサイトで、問題を解いたり、「決闘」をしたりすることができる。『青の数学』はそこに集う高校生たちの物語だ。「決闘」といっても熱いバトルものではないし、テンションも終始落ち着いている。しかし、冷めているわけではない。静かで激しい青春が、とくとくと流れるように語られる。脈のリズムみたいな小説だった。登場人物たちの、おとなしいけれど実は気性の荒そうなところが自分と似ていて、他人の気がしないなと思いながら読んだ。
 数学に魅せられて離れられずにいる人たちの、それぞれの向き合い方が描かれている。主人公の周りには、登山や薙刀や恋など、数学以外のものに向き合う人もいる。でもみんなとても真摯に丁寧に、自分のやりたいことと向き合っている。私は彼らの姿をとても美しいと思った。大切なのは、自分の意思で選んで自分の意思で向き合うことだ。彼らの姿は、文字のなかから、そう伝えているような気がした。
 なかでも私が好きだなと思ったのは、高校から始めた薙刀に励む柴崎という女の子の向き合い方。一度負けた相手と対峙することを「しんどい」という言葉を使いながら、それでもやる。「しんどい」からやる。誰にやれと言われたわけでもなく、やめることなんていつでもできるけれど、それでもやる。
 なんていうか、私の場合は薙刀ではなくて「○○のファン」であること、おたくであることに対して、「しんどい」と感じながらそれでもやる、という気持ちでいる。薙刀とおたくを同じ土俵に並べるなと思われたら申し訳ないのだけれど、おたくをやっていると娯楽として楽しめない部分が沢山出てくる。なぜか身も心もぼろぼろになることがあって、でもやりたいからやってるんだよな、と思った。自分の意思で向き合っている。
 向き合うということは、戦うということと似ている。そこに誰かが、あるいは何かがいるから「向き合う」ことができる。「戦う」ということもそうだろう。部活に打ち込むことも「戦う」のひとつのかたちだし、受験であったり、仕事であったり、趣味ということもあるだろう、何かに向き合っている人にこそ、是非読んでほしい。
 私はいま、戦っている。何をどう戦っているか、いまは言わない。他の誰にも意味のないことで、でも私にはとても意味のあることだ。そんなもの戦いでもなんでもなくてただの道楽だろうと言う人もいるとわかっていながら、それでも私はこれを「戦い」と呼ぶ。心の底を揺さぶられるように傷ついて、腹が立って、その傷も苛立ちも無駄にしたくなくて、私は戦うことにした。そんなときに読んだから、余計に「向き合う」「戦う」ということが印象に残った。

 物語としてもすごく面白いのに、文章がとてもきれいで、単純に「読む」という行為が楽しかった。「誰もいない明るい廊下には、春が沈殿していた。」なんて、美しすぎじゃないだろうか。でもこの一文が切り取りたい一瞬のことはなんとなくわかる。
 おそらく、作者は「切り取り方」が上手いのだと思う。物語の場面も、物語に必要な部分だけで構成されていて、無駄がない。たとえば、主人公・栢山の家族構成などは(というか家庭の様子すら)描かれていない。それは物語に必要ないからなのだろう。栢山含めほとんどの登場人物が高校生だが、授業や学校生活の子細は描かれていない。それも、物語に必要ないからだ。更にいうと、高校生たちが「決闘」で解く問題も小説の中には出てこない。必死になって取り組んで、解けたり解けなかったりする様子は描かれていても、どんな問題を解いているのかは読者にはわからないのだ。どんな問題を解いているかは必要ではなく、どんな気持ちで問題と向き合っているかが重要なのだろう。そういう切り取り方がすごく上手い。情景の一瞬を切り取ること、物語に必要なものだけを切り取ること、そういうのがすごく上手いのだと思う。
 切り取り方が上手いから、刺さる文章だらけで困った。すぐにメモを取り出して書き留めまくった。

「私も、負けて成長しているんですかね」
「向き合っているなら、成長しているんだよ」

挑んでいなければ、心が死ぬから。

 面白いもんをやっていくってのは、きっと、散々な目にあうってことなんだよ。

 そんな文章たちのなかで一番胸に刺さったのは「青春ってのは、諦めるまでの季節のことだ」という一文。私はなんとなく現在進行形で青春しているような気でいるのだけれど、この文章を見て納得がいった。私はまだあきらめていないのだ。何を、といわれたら一言では答えられないけれど、でも私は諦めていない。まだ私は何者でもなくて、何者かになろうとしてもがいている最中だ。「なれない」と諦めることも、「ならない」と蹴りをつけることもしないしできないまま、今も青春のさなかにいる。でもそれも悪くないなと思う。

 物語はひと段落ついてはいるけれど、まだまだ謎は残っているしこの先も続いていくのだろう。続刊が楽しみだ。

 

はじめに

 突然ですが、読んだ本を記録していこうと思います。なにせ、わすれてしまうので。

 簡易的な記録には「読書メーター」を用いています。読書メーターの記録欄には読んだ直後に思ったことを書き留める程度なので、もっと長く書きたいことについてはこちらに書いていきます。
 こちらは読書感想ログとして使っていくつもりです。もうひとつのブログ(「来世はペンギンになりたい」)のほうで個別記事を書きたいものについては、感想は割愛したりしなかったりします。そのへんは臨機応変に。どういう使い方をするかはまだ考え中です。

 「感想を書く」という行為がものすごく苦手なので、その訓練も兼ねて書いていければと思います。

 

 好きなジャンル:エンタメ寄り、主に国内
         SF、ミステリ、ファンタジー

 好きな作品:『銀河鉄道の夜宮沢賢治
       『ひとめあなたに……』新井素子
       『スロウハイツの神様辻村深月
       『夏休み』中村航
       『チュベローズで待ってる』加藤シゲアキ
       『砂漠』伊坂幸太郎
        and more